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タイタニック号が残した遺産

【タイタニック号が残した遺産】
野分(秋に吹く暴風雨)が秋の夜長を、昨年とは様変わりさせてしまう今年の秋。
美しい北の大地から、短期横浜経由で歴史と任侠渦巻く関西に赴任することになった万年ベンチウォーマーのブルーノ・サンマリノです。
タイタニックという言葉は、誰もが一度は耳にしたことのあるとともに、哀調溢れる余韻を我々の中にいだかせます。
ブルーリボン賞(速力)よりも内装を優先させた彼女は、船が航空機に取って変ろうとする時代の絢爛豪華な客船であり、処女航海という華々しい舞台で沈没した歴史に名を刻むに余りある船といっても過言ではないと思います。

1912年4月10日、タイタニック号は英国南部のサザンプトン港から1316名の乗客と885名の乗組員とともに米国ニューヨークに向けて出航しました。

順調そのものに思えた航海も、突如終わりを告げます。
同月14日夜11時40分頃見張り員が氷山を発見、緊急回避のため取舵一杯(Hard Starbord)・後進一杯(Full Astern)とする(キック作用)も、回避する間もほとんど無く、ほんの数十秒後に右舷船側をえぐる様に防水隔壁に致命的な傷を残し、接触から約2時間半後に1513名の人命とともに北大西洋に没することとなります。
タイタニック号
「遺産その1」 遭難時には、現代の国際航海に従事する船舶はモールス信号にかわり、人工衛星を使用したデジタル化されたGMDSS(Global Maritime Distress and Safety System)を使用しています。

モールス信号は特殊技能ではありましたが、人類が宇宙空間に乗り出す近年まで、長らく海上無線通信の主役をになってきました。
タイタニック号の通信士も衝突当初は、当時一般的だった遭難信号「CQD」を連打していたものの、数年前に採用された国際無線通信規則である「SOS」も発信していた。
他船がこの新しい「SOS」信号の聴取への理解が遅れたということも指摘されています。
この海難事故を契機として、1914年ロンドンでの第1回SOLAS条約(海上における人命の安全のための国際条約)において、
乗客50名以上の客船は100海里以上到達可能な無線機を搭載することや、遭難信号の傍受と受信後の救助活動の義務付けが採択されました。
「遺産その2」 タイタニック号では最大搭載人員3500名に対して、16隻(約270名分)の救命艇しか搭載されていなかった教訓を踏まえ、船舶には全員が乗船できる救命設備を搭載し、航海中に救命訓練を実施することなどが定められました。

また救命艇に乗船する際に1等船室の客と2・3等船室との客の間で誘導に差が生じたなどの反省から客室の等級による救出順序の差別を廃止することなどが採択されました。
SOLAS条約
このSOLAS条約は、その後も変遷をたどり世界的に慣習の分かれていた操舵号令(PortとStarbord)の統一化や、最近ではアメリカ同時多発テロ以降の港湾施設の保安対策など様々な法制化・義務化が図られ、海の安全に関するルールが定められています。
沈没という海上における最大の悲劇から産まれた人類の安全遺産は、タイタニック号という言葉とともに、大量輸送手段を人類が手放さない限り生き続けるとブルーノは思っています。

皇帝の星と呼ばれた天体

ふね検サポーターのみな様こんにちは。
職場でも深海生物以上の希薄な存在感、ブルーノサンマリノが、
久々に浮上しました。

先月、某北の地震の影響で、居住区一帯が大停電し道路の街灯・信号機はじめ
夜の街がゴーストタウン化し、なかなかのメタルギアソリッド感を味わいましたが、
電気の有難さも再認識することが出来ました。
それなりに大変ではありましたが、真っ暗な街の中で見上げた夜空の美しさは
不謹慎にも、感動を思い起こさせてくれました。
北極星

普段、街の灯りで隠された宇宙の広がりと神秘を、皮肉な形で目にすることが
出来て、貴重な体験をさせて頂きました。
「銀河鉄道の夜」で有名な天の川は肉眼で見ることは出来ませんでしたが、
理科の教科書に載る有名な星座群はハッキリと視認することができました。

オリオン座は地平線下で見えませんでしたが、北斗七星にカシオペア、
そしてポーラースターと呼ばれるポラリス(北極星)を見ることが出来ました。
古い中国ではこの星を中心に星々が回転していたことから皇帝の星と
呼ばれていたそうです。

北極星は人類が海に乗り出し、陸地を離れる危険を冒し新天地を目指す決断
をした時に、船位を知る手掛かりとして緯度を知る際に活用した有名な天体と言えます。
クロノメターの登場を待つまで人類は15世紀の大航海時代を経てもまだ、
正確な経度を知ることが出来ず、海難事故が起きていました。
クロノメーターの話は前出のつぶやきマラソンマンの記事を参照ください。

アストロラーベ

調べてみるとこのポーラースターとされるこぐま座α星のポラリスは永遠不滅に
夜空を支配する不動の北極星ではなく、地球の歳差運動(約2万5千年毎)によって
周辺の恒星達とともに数千年単位で地位を入替える言わば、旅人とも言えます。

このポラリスも同じこぐま座β星のコカブから引き継いでいることがわかっています。
現在の北極星はもうしばらく人類の北を示し導く星として、特別な存在として輝くことに
なりそうですが、数十世代後の我々の子孫の見る北極星は違った輝きを見せると
想像すると、「銀河鉄道の夜」で主人公が感じた虚しさと希望を、少しだけ感じることが
できて、それはそれで味気ない毎日を照らす、ポーラースターを特別な思いで眺めることができそうです。

【 日帰りで砕氷船に乗れる場所のお話 】

桜舞い散る季節には、缶ビール片手にほろ酔いで日本に生まれて良かったと、
つくづく思うブルーノサンマリノです。
当然というべきか、南北に長い日本列島では、桜前線の北上も北海道ではGW頃まで
待たなければなりません。
桜シーズンを一気に駆け抜け、5月を迎えると真新しい新緑が、広大な自然に一斉に
広がっていく様子は本州とは違い、自然豊かな北海道ならではの感動を与えてくれます。
夏の北海道はいうまでもなく素晴らしい土地ですが、白い景色に包まれる冬の北の大地も
厳しく美しい世界を見せてくれます。
オホーツク
さてさて今年の2月に北海道紋別市にある砕氷船「ガリンコ号」と、3月に網走市にある砕氷船「オーロラ号」
に連続乗船することができました。

世界でも観光を目的として当初から建造された砕氷船に乗れる(しかも日帰り)のは極めて珍しいそうです。
職場の同僚の方いわく、1シーズンで両船に乗って流氷を見学できるのはなかなかの幸運だそうです。
ガリンコ号① ガリンコ号②

オホーツク海に面する紋別市はカニやホタテで有名な町ですが、町の売りはなんと言っても流氷です。
沖縄では珊瑚礁はいつでも見ることができます(多分)が、流氷は北海道でも真冬のオホーツク限定といえます。

しかも1月下旬から3月上旬の2ヶ月弱で、風向きによっては岸から遥か彼方に移動するため、
運が悪ければ、真冬の北海道での単なる厳冬クルーズ船になることもしばしばなのだそうです。

首都圏から旅行会社の流氷ツアーに参加したものの、残念ながらお目当ての流氷を見ることすら
叶わないこともあるそうです(残念)。
水分は氷点下の外気に触れた刹那に凍ってしまうため、悔し涙すら流せない皮肉な事態となります。

今回乗船したガリンコ号は2代目だそうで、初代を上回る砕氷能力で船首下に装備された2本のドリル形状の
砕氷ローター(アイアンスクリュー)で、約60cmもある流氷をガリガリ砕きながら進むことが可能だそうです。
「ガリンコ号」という船名の、恐らく外国人には一切伝わらないであろうネーミングセンスと、命名者の洒落に脱帽。 
http://www.garinko.com/
ガリンコ号③
ガリンコ号に乗船した2月当日は流氷帯が沖合い10km位まで離れており、出港から30分程度、
濃紺のオホーツク海を航行しました。また、途中にははっきりとした潮目を見ることができました。
流氷帯に近づくと蓮の葉のような流氷の子供が増えはじめ、次第に大きな流氷塊が現れ始めます。
紋別沖流氷① 紋別沖流氷②
次第に分厚くなっていく流氷に覆われると、通常型の船舶では前進することが出来なくなります。
紋別沖流氷③

ここでガリンコ号の名前の由来かつ武器ともいえるアイアンスクリューが、押し寄せる流氷郡を砕きながら
推進していくことになります。
少し見難いですが、ドリルが唸りを上げながら流氷を破砕し左右に押しのけていく様子は、迫力があり目
が点になります。砕氷船と流氷のガチンコ相撲という感がします。
ガリンコ号④ ガリンコ号⑤

今回は出港から帰港までは、流氷帯はで少し距離があったため、全航程が約1時間半位だったと思います。
流氷帯と陸岸の距離が近い場合は出港直後に、心の準備なく一面の流氷帯に遭遇することになりますが
風向きや海流の方向により状況は刻々と変わるそうです。
紋別沖流氷④ 紋別市カニの爪像
大袈裟かもしれませんが、押し寄せる流氷を、砕きながら進んでくガリンコ号に揺られながら、初めて見る景色に
村上春樹氏の小説に描かれた様な、ビュティフルで底深な感動を覚えたブルーノでした。
機会があればまた乗船したいです!

とはいえ、次回冬のオホーツク観光に来た際に、また流氷帯に出会えるかは本当に運次第なのですが・・・。

実際、ブルーノが翌日にガリンコ号の乗り場に行ってみたら、遥か彼方に流氷帯が離れオホーツク海
クルーズをして戻ってきたという観光客の方々が、残念そうにバスに帰られていきました。
そしてバスの窓から見えるであろう港を見下ろす丘に直立する、紋別市の名物「巨大カニの爪」
(高さ12m 幅6m)のオブジェが”グッドラック”で彼等を見送っている様は、名曲“およげたい焼きくん”
の歌詞に出てくる、桃色珊瑚の哀調に満ちたBGMの一節を思い出させてくれます。


~閑話休題

ガリンコ号に引き続き、流氷観光シーズン最終盤の3月第2週目に幸運が重なり、もう一箇所あるオホーツク
砕氷船観光の拠点に行くことができました。 網走○務所で有名な網走市です。
https://www.ms-aurora.com/abashiri/
オーロラ号① 網走河口港
紋別のガリンコ号に比べると全長45m、幅10m、総トン数491tと約3倍大きくなっており、乗船人数も
450名となかなかのサイズです。海上自衛隊の南極観測船「しらせ」を小型化した船といえます。
先ほどのガリンコ号と同様に最初から観光船として建造された、世界でも珍しい砕氷船です。

定員が多かったのとシーズン最終盤だったお陰で、予約せずに乗船することが出来ましたが、
事前の予約がお勧めです。(砕氷船ツアー枠があるのか直ぐ定員締切となってしまいます。)
オーロラ号は、網走川の河口港に乗船場所があります。


今回はガリンコ号の時と違い、出港して10分の所に流氷帯が来ており、
呆気ないほど簡単に砕氷船体験をすることができました。
オーロラ号②  オーロラ号③
天候は生憎の曇天でしたが、それでも3月になって砕氷船観光に参加することが出来るとは思ってもいなかったため、
ガリンコ号とは違う船自体の重さと推進力で流氷帯を突き進んでいく様子は感動です。
https://www.ms-aurora.com/abashiri/information/structure.html

ガリンコ号よりも分厚い流氷を粉砕することが可能なため、より南極体験をすることができると思います。
まあペンギンがいないくらいでしょうか?運がよければ海獣なども流氷の上で寝転んでいるようです。
オーロラ号④
写真では流氷の厚みがいまひとつ伝わらないのが残念ですが、実際は相当な厚さと大きさであり、
処女航海で沈んだ有名な悲劇の客船も原速でまともに衝突すれば、鋼鉄製の隔壁に穴が開くのも
当然だろうなと、北の寒冷風をデッキで浴びながら背筋が寒くなりました。
それ以前にこんな冷たい海には、1秒たりとも浸かることは出来ないと実感しました。
オーロラ号⑤ オーロラ号⑥

南極観測隊に選抜されなくても、砕氷船に乗ることができる!
出港してその日に帰れるという意味では日帰りで、砕氷船に乗って帰港できる。
そして無理すれば、羽田空港から女満別空港まで飛んでレンタカー等で移動すれば、
首都圏から日帰りだって可能!! (オホーツク紋別空港は1便/日で無理です(2017.04.12現在))。

南極に行く特別な訓練不要で、しかも快適に安心して砕氷観光をすることが出来る日本は、
春にふらっと出かけて、桜を愛でることと同じくらい素敵な国ではないでしょうか?

【海上保安大学 練習船「こじま」 一般公開見学 Part.3】

Part.2より続きます。

後部上甲板では、1管のうみまる君がお出迎えで、記念撮影に
応じてくれます。ふね検の初級問題にたびたび登場していた
「うみまる」君は、タテゴトアザラシの子供です。
1管うみまる
身長は2mで体重は100kg、階級は二等海上保安正ですので、
警察では警部クラス、自衛隊では一尉(大尉)クラスになるそうです。
そこそこ偉いという表現でよろしいでしょうか?

一階層下の後部甲板は、船尾側の係船作業スペースです。
甲板部の乗組員達は屋外とはいえ、上甲板が屋根となり、
雨天時の冷たい雨風から守られながら、作業できます。
後部甲板
雨天時の甲板作業は、甲板上が濡れて滑りやすく、思わぬ事故にも
つながることから事故防止の視点からも、練習船に採用されて然るべき構造といえます。
手前にある白い幌を被せている太鼓様の機械は係船ドラムで、
その奥側が着岸時に使用する係船索のウインチで、係船索をここに
巻きつけて船を桟橋や岸壁に近づけていきます。
こういった奥まった場所にあえて、係船関連機械を配置しているのは、
下部甲板
係船索を遠まわしに取っても、屋根の下に空間を確保して雨天時に訓練生の、
集合スペース(下の写真)を確保するための意図がわかります。

船尾を横から見ると、上下構造が理解できると思います。
練習船こじま④

船尾側へまわります。
練習船こじま③
船尾にIMOのアルファベットで始まる7桁の数字がIMO船舶番号というもので、
IMO(世界海事機関)のSOLAS条約(海上における人命の安全に関する国際条約)
により、その船舶が建造から廃船まで使用されるマイナンバーのようなもので1987年
に導入されたものだそうです。
練習船こじま③-1
海上を航行する100t以上の客船及び300t以上の貨物船に導入が義務化されており、
国籍が変更となってもこの番号は変わらないそうです。

船内のサロンや浴室、洗面所も見学することが可能でしたが、割愛させていただきます。
今後、皆さんの住む街の港に練習船や、護衛艦などがきたら一般公開にあわせて、
船の見学をするともっと船が好きになると思います。

【海上保安大学 練習船「こじま」 一般公開見学 Part.2】

【海上保安大学 練習船「こじま」 一般公開見学 Part.2】

Part.1より続きます。

上甲板からサイドタラップを上がり、一足飛びに航海船橋に移動しました。

航海用船橋①
写真手間から航海用レーダー〈黄色○〉、エンジンテレグラフ(機関指示盤)〈黄色□〉、
操舵装置(黄色△)、電子海図表示装置“ECDIS”〈赤□〉。
ECDISについては国際航海に従事する総トン数500t以上の旅客船・3000t以上のタンカー・
貨物船は搭載が義務化されており、乗組みの航海士はECDIS対応型の海技免状を受ける必要があります。
国土交通省の案内

舶用アンテナ

マストにはアンテナ群です。航海用SバンドとXバンドレーダーも見えますが、インマルサットアンテナに
方向探知ループアンテナなども見えます。
海自の護衛艦は、更に多数のアンテナが配置されていますので、比較してみると面白いかもしれません。

船尾甲板
甲板外側をぐるりと一周して船尾甲板です。こじまはヘリコプター搭載型の巡視船ではありませんので、
船体後部に格納庫はありませんが離着艦用のヘリコプター甲板が設置されていて、遠洋航海中は体操
や運動会、赤道通過祭など多目的に使用されると推測されます。
北海道の秋空は、突き抜けるほどに清々しく青く広大で、夜には空の星が降るのを体験できます。
(最近話題の映画のように、本当に星が降ってくると大変ですが!?)

こじま煙突
特徴のある青い煙突は、海上から一目で海保の巡視船と確認できます。
この煙突には帽子のつばの様に除煙整流板が後方に伸びてます。
煙突からの排煙を、斜め上後方に流して、降灰と排熱をできるだけ
防ぐためのガイドプレートです。
この煙の問題は、昔から造船設計者はじめ頭を悩ませる話で、
航空母艦の排煙などは良い一例として、ふね検の問題が一問出来る類のものです。


(以下Part.3に続く)
今回のふね検
第16回
令和元年11月10日(日)開催
令和元年10月23日17時まで申込受付中!
テツオ申込
ふね検ウェブサイト
ふね検サイトバナー
ふね検公式サイトはこちらから!
ふね検チラシ練習問題解答
ふね検チラシの練習問題の解答です
クリックすると関連ページが開きます。
Q1 危険な生物
Q2 船の円窓
Q3 帆船の最高儀式
Q4 結びの王様

小型船舶免許試験機関サイト
JMRAバナー
協力
サンキューバナー
ふね検は以下の企業や 団体にご協力いただい ております。(順不同)


navios 横浜

神戸コンチェルト

ロイヤルウイング

シナコバ

日本郵船氷川丸

松栄丸

鳥羽水族館

八甲田丸

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太平洋フェリー

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船に関する歴史や文化、あるいは船を使った遊びなどについて
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当ブログは「ふね検」スタッフによる公式ブログです。

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